夢をみていた。

夢の中のわたしの傍には、いつも誰かが寄り添っていた。
独りじゃなかった。
その誰かの顔を仰ごうとしても―――おぼろげで、どうしても見えない。

これは誰?

だけどわたしは幸せだった。
その誰かが傍にいるだけで……胸が一杯になるのだ。



でも、
何故だか無性に泣きたくなる。




夢を、みていた。












□■□












「―――おい、! 起きろ!」

がくん

急激な揺れに、は目を覚ました。
目の前に蓮の顔がある。
酷く切羽詰った顔をしていた。
何故か――飛行機の揺れが激しい。

「…蓮? どうしたの」
「降りるぞ」
「え…?」

どういうことか尋ねる前に、ぐいっと腕を引っ張られた。
そのまま蓮は、飛行機の出入り口を乱暴に開け放つ。
瞬く間に機内に強風が吹き荒れた。

「ぼやぼやするな! 行くぞ!」
「え、あ―――」

風圧でもみくちゃにされながら、蓮に担ぎ上げられ――
はそのまま真っ青な空へ投げ出された。












雲ひとつない青空の下。
砂漠のど真ん中で、いきなり葉達は途方にくれていた。
目の前には――墜落した飛行機。

「生きてるか」
「…な、何とか」

蓮の問いに、は頷いた。
まだ頭がぼうっとしている。
余りの急展開に、思考の方がついていかない。

既にここはアメリカの大地だった。
どうやら――アメリカの国境を越えた途端、何者かの攻撃を受けたようだ。
飛行機のエンジンを丁度やられたらしく、それに気付いた葉たちは咄嗟にオーバーソウルで飛び降りたのだと言う。
飛行中の飛行機から。

(びっくりした…)

思い返してみれば、結構凄い体験をしている。
ふわりと浮かんだが束の間、ぐいと地面へ勢い良く急降下していく感覚。
大地に激突する寸前の、オーバーソウルの爆発。
――よく気絶しなかったものだ。
は密かに安堵した。

後ろのほうで、竜が初アメリカに感動する余り何やら叫び、ホロホロに怒鳴られていた。





とりあえず一行は、近くの街へ徒歩で向かうことにした。





だがここは炎天下の砂漠。
じりじりと焼け付くような灼熱は、容赦なく体力を奪い取る。
一行は途中でオアシスに立ち寄ることにした。

たどり着いてみると、そこには湖の他に木々も生息していた。
冷たい水の匂いに、ホロホロがはしゃぐ。

「ひゃっほーい!」

盛大な水音をたてて湖に飛び込む。
すると、すぐ脇で水を飲もうと手を浸していた蓮が、

「貴様! 水が濁るではないか!」
「何だよ、男の癖に小さいこと気にすんなよー」
「そういう問題じゃない! いいから早く出ろ」
「ちぇー」

渋々ホロホロは水から上がろうと、岸に手を掛けた。
そこへが、水に触ろうと水際に近寄ってくる。
何を思ったか――にやりと笑いを浮かべるホロホロ。

「なあ、お前も入れよ。気持ちいーぞぉ」
「えっわたしは…」
「いいからいいから」

ぐい、と引っ張られて。

「あ―――」

ばしゃあん!

、お前も水分を取っておかないと――――ってホロホロ貴様ァッ!」
「うお、やべ」

すぐさまの異変に気付く蓮。
その物凄い剣幕に、思わずホロホロはびくっと震える。
そこへ、

「―――ぷはっ」

が水面から顔を出した。
気付いたホロホロは、慌てて肩に掴まらせた。

「大丈夫か?」
「うん……ホロホロの馬鹿」
「ハハハ…」

誤魔化し笑いを浮かべながら、ホロホロは内心全く別のことを考えていた。

(やべえ…こいつ腰細すぎ。ちゃんと飯食ってんのか? …いやそれより)

この姿勢はやばいだろ。
主にオレが!

「? どうしたの、ホロホロ」
「な、なななな何でもねえよ!」

きょとん、と覗き込んでくる双眸に、慌ててホロホロは目を背けた。
己の心情を悟られやしないかと冷や汗をかく。
耳の奥で心臓がやけに五月蝿い。
水中で密着している肌に、無駄に敏感になってしまう。
の顔を――直視できない。

「おいホロホロ! いい加減を離せ!」
「あ、やっべ」

そろそろ爆発しそうな蓮の声に、ホロホロは急いでを岸辺に押し上げた。
ぽたぽたと雫を滴らせながら、は陸地に上がる。
服が肌に張り付いている。
蓮が駆け寄ってきた。

、大丈夫か」
「ん…でも冷たくて気持ちよかった、よ」
「呑気なことを言うな。全くあのホロホロはいつもいつも……って」

不意に蓮の言葉が途切れる。
その不自然な途切れ方に、不思議そうには彼を見つめた。
蓮の視線は、の顔より少し下の方を凝視していて。
見る見るうちに―――蓮の顔が真っ赤になる。

「っホロホロ、貴様ぁぁぁぁッ!」
「わっ」

いきなりばさりとコートを被せられたかと思うと、蓮は馬孫刀を構え、オーバーソウルでホロホロを攻撃し始めた。
傍にいた竜も巻き添えを食らう。
蓮のコートをかぶったまま状況の掴めないは、呆気に取られて、その様子を眺めていた…




「おーいー。そこにいると危ないぞー。こっちこいよー」

木陰に寝そべっていた葉が手招きをする。
仕方なくはそちらへ行った。

「寒くないか?」
「うん。すぐに乾きそう…でも」

蓮のコートをぎゅっと掴みながら、

「蓮…なんであんなに怒ってるんだろう」

一人事情を理解している葉は、うーんと苦笑いを浮かべた。
の頭を優しく撫でる。

「まぁ蓮も男だからなー。仕方ないんよ」
「…?」
「まあ…悟ってやってくれ」

悟るも何も、この状況を何一つわからないは尚も首を傾げる。
すると葉は「あーほらあれだ。…とりあえずお前、身体細いんだな」と言った。

…それが、蓮の怒った理由なのだろうか。
何がいけなかったんだろう。
はコートを脱いで、自分の身体を見ようとする。
だが。

「わわ、お前やめとけそれは!」

と、焦った葉にすぐさまとめられる。
今度はオイラが殺されちまう、と呟くその言葉に。

「……?」

やはりは首をかしげた。
…もしかしたら、分からない方が身のためなのかもしれない。
そう思い始めながら。



「こ、これは作戦を練り直す必要があるわね…」



「―――……」

ふと声が聞こえたような気がして。
は辺りを見回した。
だがそれらしい気配もない。

気のせい―――?




しばらく休んだあと、再び一行は街を目指し出発した。












「それじゃあ皆で、手分けして聞いて回るか」

翌朝。
竜のお陰でヒッチハイクし、何とか街にたどり着いた一行。
だが街に着いたはいいが、今の彼らには、肝心のパッチ村に関する情報は一切ない。
これから情報は必要不可欠になる。
というわけで、早速街でパッチ村の聞き込みをすることにした。

葉と竜、ホロホロ、蓮とで別れる。



「わたし……一人でも、大丈夫なのにな…」

ずんずん進んでいく蓮の後を着いて行きながら、はぽつりと独りごちた。
手分けして聞き込みをする、というのは効率面から考えて悪くはないと思う。
だけど。

『お前はすぐに迷うだろうが』

(……ひどい…)

皆と別れた時の、蓮の鋭い一言を思い出して、は口を尖らせた。
迷ったのはまだ一度しかないのに。
――それとも、そんなにも自分は迷子になりやすそうに見えるのだろうか。

「…否定は、できない、けど」

確かに初めての土地で、たった一人で行動しようとしたら――
………。
何となく冗談には思えなくなったので、そこでは不穏な想像を打ち消した。
とりあえず、今は聞き込みだ。

そういえば、組み分けをした時ホロホロがこっそりと、蓮のことをこう形容していたっけ。
『過保護』と。

「………」

やっぱり少しは一人で行動してみたいと思うだった。





しばらく街行く様々な人間に、パッチ村に関する情報を伺ってみるが―――

「みんな…知らないみたいだね」
「…ああ」

道路脇の柵に寄り掛かりながら、二人はぼんやりと佇んでいた。
あれからずっと聞き込みをしていたのだが、誰一人として有益な情報を持っていなかった。
それどころか、『パッチ村』という単語すら聞いたことがないと言う。

「少し――休むか」

蓮がため息をつきながら言った。
向かい側に小さな喫茶店がある。
喉の渇いていたは、すぐさま賛同した。



まるでファーストフード店のような外観の店は、意外にも老若男女で賑わっていた。
それぞれ飲み物を手に、テーブルにつく。
やっと一息ついて。

「――具合の方はどうだ」
「え?」

一瞬何のことかわからないだったが。
すぐに思い出す。
きっと……飛行場での発作のことを言っているのだろう。

「もう、だいじょうぶ。なんともない」
「そうか…」

蓮の顔が、微かに和らいだ。
もしかして…

「ずっと…心配してくれてた、の?」

だから、あんなにずっと、わたしの傍にいようとしてくれていたの?

かあっと蓮の顔が赤くなった。

「べ、別にそういうわけでは……ないが…その」

徐々に語尾が尻すぼみになる。
最後は何やらもごもごと一人呟いていたが、そのうちそっぽを向いてしまった。
耳まで赤くなっている。
そして、低い声でぼそりと。

「――――まあ…な」

恐らくあの飛行場の時のことが、本当に悔しかったのだろう。彼は。
―――思わず過保護になってしまうくらいに。

「…ありがとう」
「…………貴様は少々、素直に礼を言いすぎだ」

そうぼやく蓮の顔は、相変わらず真っ赤で。
でもやっぱり何処か―――嬉しそうで。
この素直ではない少年に、は自然と口許が綻ぶのを感じた。
こんな穏やかな時間が、いつまでも続けば良いのにな…



「―――さて。俺はそろそろ、聞き込みに行ってくる」
「わ、わたしも…」
「いい、お前は此処にいろ。この店の二階に行ってくるだけだから」
「え…?」
「どうせしらみつぶしに調べるんだ。ならば近場から攻める」

この店は結構繁盛しているようだしな。
そういうと、蓮はさっさと階段を上がって行ってしまった。
確かに色んな年代の人間が出入りしている場所なら、多くの聞き込みが出来るだろうが…

まだ座っていていい、というのは、恐らく気を遣ってくれてのことなのだろうが、少しにはそれが不服だった。

(わたしも…聞き込みぐらい、できる…)

しばしジッと天井を見つめて。

「よし…」

はがたんと席から立ち上がり、二階に向かった。

とんとん、と軽い足取りで階段を上っていくと―――
何やら若い女性の黄色い歓声が聞こえた。
――?

怪訝そうに二階を覗き込む。
すると。

「パッチ村? 知らないわねえ…」
「ごめんなさい、お役に立てなくて」
「あらどうしたの坊や、照れちゃって!」
『うわぁ〜可愛い!』

その中心で真っ赤になって硬直しているのは、紛れもない――

「っ…」

は思わず目を背け、階段を駆け降りた。
そのまま一直線に一階を駆け抜け、喫茶店を飛び出す。入れ違いで入ってきた客が、不思議そうに振り返った。
車道を全速力で渡りきって―――歩道で足を止めた。

膝に手をつきながら、はしばし地面を見つめた。
徐々に荒い呼吸も治まってくる。

(あれ―――なんで、どうして、だろ…どうしてわたし、逃げたんだろう…)

自分で自分の取った行動が信じられない。
二階に行って、若い女性達に囲まれている蓮を発見して。
彼の真っ赤な顔を見て。
……急にその場から逃げたくなった。

どうしてだろう。
だって、別に…蓮の照れた顔なんて、何度も見ている筈で。
ついさっきだって目にしたばっかりなのに。
ただあそこで、「蓮」って声を掛ければよかったのに。
それがどうして。

「…ッ…」

ぎゅ、とは両手を握り締めた。
なんだろう。
さっきの情景を思い浮かべただけで――
すごく、いやな気持ちになる。

(もやもやする…)

は、喫茶店の二階の窓を見上げた。
多分彼はまだ聞き込みをしている。
今から戻れば…

「――――」

何故か、戻る気にはなれなかった。




―――しばらくして、蓮がやっと一階に戻ってきた。

「っくそ、余計な時間を食った……それより、は何処だ…?」

元のテーブルに姿が見えないことに気付き、蓮は慌てて外に出る。
注意深く辺りを見回してみるが―――いない。

の姿は何処にもなかった。












「お、蓮ー! 遅いぞー!」

あらかじめ、集合場所として予定していた公園。
既に蓮以外のメンバーは集まっていた。
だが――

「おい! はまだ来ていないのか」
「え、お前と一緒に行ったんじゃ…」
「……途中で姿が見えなくなった」
「何だって?」

ホロホロがにやにやと揶揄するように言う。

「お前があんまり構いすぎたから、反抗期になったんじゃねーの?」
「馬鹿を言うな! 誰が構いすぎだ!」

蓮に一蹴されて、ホロホロは「お前だっつの」と小さな声で呟いた。

「でも、危ないんじゃないんすかね? 女の子の一人歩きは」
「そうだなあ。、危なっかしいし」

竜と葉が顔を見合わせる。
蓮が再び捜しに行こうと、動きかけたその時―――

「…みんな」

!」

そこへ、がふらりと姿を現した。

「あのね…パッチ村のこと、しってるって」
「え?」
「あそこのひとが」

が指し示す先には―――眼鏡をかけた一人の女性。
葉達の視線に気付いて、小さく頭を下げる。
そして、

「パッチ村を捜してるの?」
「あ、ああ」
「私、パッチ村を知ってる人を、知ってるわ」

そのままとんとん拍子に、葉たちは彼女の言う『パッチ村を知っている人』の家へ案内してもらうことになった。
喜び勇んでついていくホロホロと竜の背後で――
聊か都合の良過ぎる展開に、僅かに蓮の目に疑惑が浮かんだ。

「………」
「大丈夫だって。行ってみれば、なんとかなる」

難しい顔をして女性の背を見つめる蓮に、葉が声をかけた。

「それよかお前、どうしたんだー? その頬の」
「? …ッこれは」

サッと顔を赤くして、頬を押さえる蓮。
その手の下には、喫茶店の若い女性達につけられた――キスマーク。
わかりやすい反応に、葉がからかうようにくっくっと笑った。
ちょうどその時が二人を追い越した。

「あ、おい、どうして勝手に――」

蓮が嗜めるように声をかけるが…はそのままホロホロ達のほうへ行ってしまった。
その足が僅かに早まったのは――気のせいではない。

「………何だ?」

蓮が不可解そうに首を捻る。
それを見て、葉が大仰にため息をついた。

「……お前、不器用にも程があんぞー」
「?」

だがやはり蓮には理解が出来ないようだった。












□■□












結局パッチ村の情報はガセで、葉たちを罠に嵌めようとするシャーマンファイト参加者達の策略だった。
シャローナ、リリー、エリー、サリー、ミリーの五人組のシャーマン。
どうやら飛行機を墜落させたのも彼女達らしい。

無論葉たちは、彼女らを逆に返り討ちにした。

―――その夜。

またしても竜のオーバーソウルにより、ビリーのトラックに乗せて貰った一行。
状況的には昨夜と殆ど変わらない。
だけど一つだけ。
微妙に空気が気まずい二人がいた。
――蓮とである。

「………」

あれから蓮は何度かに声を掛けたが、ほんの少し反応されるだけであとは無視。
目も合わせようとしない。
とうとう蓮も諦めて、口を閉ざした。
だが結局彼には、何故がそういう態度に出たのか解らず仕舞いだった。

(…意味がわからん)

の態度もそうだが、葉の一言も。
がたがたと揺れるトラックの荷台で、蓮は頬杖をついて真っ暗な地平線を見つめていた。

―――夜明けはまだ来そうに、ない。